70歳で妻に先立たれた夫の末路とは。困らない為に何をすべきか?

既に母を亡くした仲森さとる(@SatoruNakamori)です。

母を亡くし、環境が大きく変わったのは父でした。

私は既に両親の元を離れ、妻と生活をしています。
なので、母が亡くなっても大きな変化はなかったのが正直なところ。

しかし、父は母と一緒に生活していたので、その環境の変化が大きく、
父の生活を支える為に私も多かれ少なかれ影響を受けています。

今回は、そんな父の姿をみて、男として、夫として、
パートナーに先立たれて困らない為にどうするべきかと記録しておきます。

 

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出来ることしかやらない父。それ以外は全てやった母。

まずは両親の簡単な紹介から。

典型的な昭和のがんこオヤジである父

父はタンクローリーの運転手をしながら兼業で農業を営み、私たち子供3人を育ててきました。

タンクローリーの会社を定年で退職後は農業で生計を立て、生活。
その頃には子供も全員独立し、それ以降は夫婦2人の生活を続けてきました。

父が出来ることは農業の一部。
機械の操作や次の工程に進むタイミングの見極めなど。
主に身体を動かすこと、手先を動かすことは得意ではありました。

しかし、細かい事務作業やパソコンの操作、料理など、
日常生活に必要であろうことは全て母まかせ。

必要を感じても自分ができない事は全て母に任せて、
自分ができない事は出来るように努力をする発想はない父でした。

本人曰く「俺は文字が読めない」とのこと。
確かに、字は読めるけれどその意味を正しく理解しようとする姿勢はありませんでした。

更に酒癖も悪く、暴力は振るう事はありませんでしたが決して上品なお酒の飲み方もできない・・
贔屓目にみても、ツッコミどころ満載の父親です。

 

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身を粉にして父を助けた母

生活していく為には様々なことが必要です。

・料理、洗濯、掃除といった身の回りのこと
・役所関連の一切の手続き
・税務申告
・父の農業の手伝い
・その他、諸々の一切の業務

父の農業の手伝いに関してが最も過酷だったんじゃないかと。
体力的に厳しいのはもちろん、自分視点でしかモノをみていない父親は
口が悪く罵詈雑言が飛び出すこともしばしば。

昔気質な父に振り回されつつも、じっと耐えていたのが母。
そんな母が病気となり、65歳でこの世を去りました。

 

母に先立たれて残された父が残された現実は

1人残された父の生活は「孤独」。

幼少の頃から家族と生活するのが当たり前だった父は、
70歳にて初めて一人暮らしをすることになりました。

一人暮らしの経験は私もありますが、自由気ままな一方で
たった1人で生活するというのは寂しいものです。

慣れるというか、孤独を受け入れて1人でも楽しく過ごせる
自分なりの心構えやノウハウがないと厳しいものだという覚えがあります。

70歳で初めて味わう孤独というのは、かなり辛いものがあるというのは
想像に難くないですね。

更に、本も読まない、パソコンも使えない70歳にとって、
現実はかなり厳しいものとして突きつけられています。

 

努力無しに穏やかな老後なんてない

自分が出来ることしかせずに、一切の努力をしてこなかった父。

生きていく上でやるべき事、覚えるべき事はいくらでもあるはずなのに、
自分ができない事は全て母任せにしてきた父。

母は生前、そんな父に少しでも覚えさせようとしたものの、
一切それに耳を貸しませんでした。

母がいて初めて成り立った父。
母が先立ち、何もできない自分に気づいた父は自分自身の情けなさに悔やんでいます。

こうなったところで後の祭りです。

私自身も父のサポートを行うのに限界はありますし、無駄に甘やかすのはやめようと
正直思っているのが本音です。

これまで散々、他力本願を通してきた父が今後どのように独りを受け入れ、
生活をしていくのか。。。

出来る範囲で協力はしながらも見届けていきたいと思います。

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ABOUT US

ナカモリ サトル
元転職エージェント&現役自動車ディーラーセールス。 800名の転職サポート実績のノウハウを自ら活かして8回の 転職を経てホワイト企業へ。 20代非モテ状態で結婚し、離婚を経験。 離婚後は脱非モテに成功、30代で狂い咲くも現在は身を引き、 9歳年下の妻と結婚。 詐欺被害にあったことを機に、副業に取り組む。 趣味はドライブ、お酒、グルメ、釣りなどなど。