大東建託人事部へ転職しちゃった!元キャリアアドバイザーが語る!

自己紹介

現役カーディーラー勤め人、ナカモリサトルです。

何気に呟いたツイートがもの凄い勢いでバズっております。

私、あの大東建託で働いていた事があります。

支店の営業職ではなく、人事部で。

なぜ、悪名高き有名な大東建託の人事部に転職してしまったのか。

理由と、そこから得た転職の教訓についてお話しします。

 

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大東建託に入社するまでのキャリア

人材ベンチャーで馬車馬のように働いていた

 

私は人材紹介会社のキャリアコンサルタント&営業でした。

とにかく毎日ハードワークの日々。

厳しいノルマを達成する為に毎朝9時に出社し、終電で帰る。

残務処理の為、土曜日は出勤。休みは週1日のみという生活が

約6年間続きました。

当時は20代で若かったとはいえ、やはり疲労はたまります。

1度寝てしまい、起きれないと会社に行けなくなる事を

恐れて、布団で寝ずに床で仮眠をしてから出社したり、

往復2時間の通勤時間が勿体無いと感じて会社に泊まる事もありました。

まさに社畜として働いていたのです。

「いつまでこんな働き方を続けるのだろう」

そんな疑問を抱えつつも、目標の達成の為に盲目的にガムシャラに、

ただただ必死になっている毎日でした。

目の当たりにする数多くの転職事例

 

人材紹介会社では毎日のように新しい求人の情報と

新しい転職の事例を目の当たりにします。

私は主にITエンジニアの転職支援に携わっていたのですが、

彼らの転職理由はほぼ共通。

「労働環境の改善。残業を抑えて年収を上げたい」

「安定した大規模な会社で大きな案件に携わりたい」

人手不足の中、2次受け、3次受けで働いていたエンジニアも

1.5次受けや1次受け、コンサル(風)会社に転職できる時代でした。

当時はまだグリーやミクシィといったWeb系サービス企業が

躍進する前で、IT業界といえばシステムインテグレーターが主流。

どんなに将来性がありそうなITベンチャーであっても

「もっと安定したい」「ハードワークは嫌」といった理由

複数内定が出ていると9割方、やりがいや将来性よりも

条件面を重視して転職先を決めていました。

曇っていく視点

そんな数多くの転職事例を見るたび、無意識に

「あぁ、多くの人は会社に安定を求めているんだな・・・・」

「自分も、夢や希望よりも現実的な安定を手に入れたい・・・」

と思うようになりました。

もともと、私が人材ベンチャーに入社した当時に考えていた

「人の役に立ちたい」

「優秀な人と一緒に働いて、自分も成長したい」

「世間に価値あるサービスを提供したい」

といった青臭いけれど大切にしたい志、想いは

完全に忘れ、ただひたすらノルマ達成の事だけを考える毎日。

そんな日々に完全に疲弊していました。

大東建託を選んだ理由

志を忘れ、曇った視点の中でなぜ大東建託だったのか。

現場の建築営業ではなく、人事部での採用だったから

アウトソーサーの人材紹介会社から事業会社の人事部への転職は

多くのキャリアアドバイザーが憧れるキャリアパスです。

人材紹介会社の仕事はあくまで採用支援。転職者のフォローや

その後の会社の成長にまで携わる事はできません。

大東建託はブラックな会社という噂はありましたが、

これまでの職場もブラックだったので大丈夫だろうと甘く見ていました。

当時働いていた人材ベンチャーもノルマが厳しく、退職者が多かった環境。

3年以上在籍すれば立派なベテラン扱いをされていて、

俺はブラック企業に耐性がある!」と変な自信がついてしまっていました。

労働時間が減り、年収が維持できる希少な採用条件だったから

 

当時の私の年収は550万円。

年齢を考えれば悪くない方だったと思われます。

転職するなら、絶対に年収は下げたくない。

ここまで必死に働いてきて上げていった年収なんだから

下げてなるものかという、今では無茶とわかるこだわりがありました。

これまでキャリアアドバイザーとして「転職するなら年収は下げる覚悟で」

と言い続けていたにも関わらず、本当におかしな話です。

また、毎日終電、休日出勤の日々だった私にとって

管理部門に良くある現場よりも緩い空気感と実際に

そこまでハードワークじゃない環境というのも魅力的に

見えてしまったのです。

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管理費収入という安定したビジネスモデルだったから

 

大東建託が悪名高いのになぜ会社として存続するかは、

そのビジネスモデルにあります。

彼らは、地主のお金でアパートを建てさせて、建てた

アパートの家賃の一部を管理費として徴収します。

いわゆる、「一括借り上げ」という仕組みです。

その管理費は10%程度ですが、大東建託の管理物件数は日本一。

アパートの建築費の他にも、毎月多額の管理費が定期的に入るので、

キャッシュが回りやすく会社として潰れないのです。

人材紹介会社は、毎月ノルマがゼロリセットされて

いくら働いても翌月に資産が残らない仕組みだったため、

ストック型のビジネスモデルであることに魅力を感じていたんですね。

最悪、失敗だったら辞めれば良い覚悟もあったから

大東建託がひどい会社である噂は知っていましたが、

視点が曇っていた私にとって、とても魅力的な会社に映っていました。

年収維持、減る残業、人事部へのキャリア、一部上場企業。

もし入社してダメだったら最悪辞めて、またどこかで人材紹介をやろう・・

最終的には、そんな考えもあり、入社を決断しました。

大東建託に入社してどうだったか

冒頭のツイートで体験した出来事は入社後のほんの一部。

本当に別次元の世界でした。

あの缶コーヒーのCMの宇宙人になった気分

サントリーの缶コーヒー、BOSSに登場する宇宙人ジョーンズ。

まさにあの宇宙人のような心境になりました。

「この星の住人は○○だ」と驚くシーンがあるように、

「大東建託の社員は××だ」と毎日のように驚く日々でした。

具体的にどんな事に驚いたのか、詳細は別の記事として書きたいとおもいます。

労働環境は改善され、給与は維持された。しかし・・・

転職の求める条件として掲げていた

「年収を維持し、労働時間を短縮する」

は確かに達成されていました。

土日も休めて残業も少ない。定時で帰れる事も増えました。

しかし・・・ストレスは溜まる一方。

何の為に自分は働いているのだろう。

今の目の前の仕事に意味はあるんだっけ?

それどころか、社員が他の店舗に異動することを

「退職」と表現するなど、日本語の解釈が独特で、

同じ日本語なのに会話が通じない感覚なのです。

社員同士の会話が全く理解できず、違う国の言葉の様に聞こえました。

当然、仕事もうまく行きません。

何が正しくて何が間違っているのかすらも分からない状態で

ただただ上司に怒られる日々が続きました。

しかし、夢にまで見た安定した労働環境。

なんとか、この環境に慣れることはできないか。

数ヶ月は葛藤しながら職場に慣れようと自分を騙す日々でした。

社内資格の建託士も取得

大東建託に入社すると必ず取得しなくてはならない資格があります。

それは「建託士」という社内資格です。

社内のルールや建築基準法、民法などを織り交ぜた中身で、

宅建資格と範囲は似ています。

取得するまで必ず受けなくてはならないルールとなっており、

その資格を取らない限り社内では半人前扱いです。

休日の土日も健託士の資格の勉強に時間を費やし、

何とか取得する事ができました・・・。

「ありがとうは言わなくていい」上司の一言で退職を決意

とにかく、仕事と社風に慣れようと必死でした。

 

今まで当たりに使えていたワードやエクセルは使えず、

一太郎とlotus123。メインシステムはIBMどっぷりのAS400。

(システム担当の部長はIBM出身だとか)

話はそれてしまいましたが慣れないシステム環境よりも

「仕事」に対する考え方や価値観が全く違うという事です。

大東建託の仕事とは「上司の顔色を伺う」事が

最優先であり最終目的。

リクルート等の採用媒体については徹底的に値下げを

要求しているので、最低限の事しかしてくれません。

そんな中ですが、とある取引業者の担当者が、私の

姿勢に共感し、本来であれば有料レベルのサービスを

提供してくれたのです。当然ながらその担当者に

「ありがとう」とお礼を伝えたところ上司から

「ありがとうなんて言わなくていい。

あいつらには仕事を与えてやっているんだ」との事。

 

その時、自分の中で何かが崩れました。

 

「あぁ、ダメだここ・・・・」

 

流石にありがとうという言葉は必要ないと

真面目に部下にいう会社にいたら自分が壊れる・・・・

 

もう我慢するのはやめよう。

年収を維持したいとかつまらないことを

考えていた自分が悪い。

そう自分を戒め、スパッと退職するに至りました。

 

今回、なぜ転職に失敗したのか

とにかく、目先の条件だけを重視し、社風や文化を完全に無視した会社選び。

悪い噂はあくまで現場だけ。きっと管理部門はちゃんとしている(はず)という

甘い見込み。

どこかでダメならば辞めてもどこか拾ってくれるという安易な発想。

 

覚悟してたつもりでしたが、覚悟が足らなかったと、いうことですね。

 

選んだ道を正解とするよう、努力しましたが

あの一言でこれ以上は進めないと断念。

あれ以上続けていたら、メンタル面をやられていたかもしれません。。。

 

次回は思い出せる範囲で入社した後の様子を記録として

残しておこうとおもいます。

 

 

 

 

 

 

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