【自己紹介】ナカモリサトルについて

自己紹介

改めまして、ナカモリサトル(@SatoruNakamori)です。

遅ればせながら自己紹介をさせていただきます。

適宜、リライト・追記していきつつ充実させていこうかと。

まずは現在のプロフィールから。

ナカモリサトル プロフィール
  • 年代:アラフォー
  • 家族:妊娠中の妻と二人暮らし
  • 勤め先(福業その1):某自動車ディーラーにて営業職(4年目)
  • 福業その2:上手なクルマの買い方のコンサルティング
  • 福業その3:オリジナルカクテルレシピの提供
  • 福業その4:クラウドワークスでのライティング
  • 興味のあること:お酒やグルメ、クルマ、節約など
  • 休日の過ごし方:グルメ
  • 私は仕事、働くことを「福業」と呼ぶことにしています。

    自分の行いが自分と他人の幸せ、「福」を招くものでありたい、

    そういう想いを込めています。

    今、私は自動車ディーラーに勤めていますが、自分自身クルマが大好き

    であるという事、大好きなクルマをお客様にオススメし、お客様にも

    素敵なカーライフという「福」をもたらす、という想いで働いています。

    その他にも自分の特徴を100個書き出しているので、こちらもどうぞ!

    実録!ブログ初心者が自分の特徴を100個書き出し、気付いたこと

    2018年7月10日
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    アスノトリガーというブログ名に込めた想い

    アスノトリガーとは「明日のトリガー」という意味です。

    このブログを訪れたあなたの明日を、もっと良いものにしていく

    キッカケとなりたいという想いを込めています。

    トリガー(trigger)とは銃の引き金という意味の他にも、

    「行動をはじめる」という意味もあります。

    あなたが何かをはじめるキッカケ(トリガー)づくりがこのブログの目的です。

    2018年4月からブログをスタートし、しばらくは自分の名前である

    「ナカモリサトル」をブログ名としていましたが、ブログにも

    想いを込めた名前をつけねばという事で、2018年9月に変更しました。

    アスノトリガーは雑記ブログです

    アスノトリガーでは主に私、ナカモリサトルが興味関心を

    もっている分野について取り上げていきます。

    ブログのカテゴリーは統一性がなく分野がバラバラですが

    何卒ご了承ください笑

    では、どんな過去を踏まえて現在のナカモリサトルが形成されていったのか、ご紹介します!

    かなり長くなってしまっているので、見出しだけでも

    流し読みをしていただけると幸いです・・・!

    ナカモリサトルの過去 こんな学生だった編

    〜幼少期〜

    無気力・無関心・無感動な子供でした

    栃木県で農家の長男として生まれました。

    初孫といてとてもかわいがられ、甘やかされて育ちました。

    IMG_9643

    いや〜、我ながらのオッサン顔です。笑

    幼稚園から小学生までは肥満児。

    クラスに必ず1人はいるデブ担当でした。

    学校の勉強は嫌い。宿題もサボり、学校の成績も悪く、

    とにかく「何でもサボる」子供でした。

    幼稚園でハーモニカの練習をするときも、先生の指導を

    守らずピープーとテキトーに吹いてましたね笑

    そんな無気力小学生のまま5年生を迎えたのですが、

    担任の先生が私を上手におだててくれて、コツコツと

    勉強したり努力することの大切さを教えてくれました。

     

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    〜青年期・中学高校時代〜

    肥満体型の中学生が部活でやせる

    中学校に入学し、相変わらず身体は大きく、

    身長160センチ、体重60キロの中学1年生でした。

    部活は小学生からダラダラと続けていた剣道部に所属。

    剣道が好きという訳ではないものの、運動が苦手だった

    肥満児のナカモリ少年は惰性で剣道部に入りました。

    練習自体は厳しく、面白さを感じないので自ら目的を

    「剣道で強くなる」ではなく「ダイエット」と設定し、

    痩せるために剣道を続けました。

    結果、剣道は常に1回戦敗退でしたが肥満児から

    ダイエットに成功。入学当時の学生服はブカブカになり、

    はじめて普通の体型になりました。

    ストリートダンスとの出会い

    当時「天才たけしの元気が出るテレビ!」という番組の

    人気コーナー「ダンス甲子園」の影響を受け、

    見よう見まねでストリートダンスを始め、ヒップホップに

    目覚めたのもこの頃です。

    今ではこんなDVDもあるんですね。懐かしい・・・!

    高校は栃木県の県立高校へ進学。

    田舎の閉鎖的な雰囲気に息苦しさを感じながら

    ストリートダンスにのめり込んでました。

    当時はまだインターネットも普及しておらず、田舎で

    ダンス仲間が欲しかった私は当時の雑誌「Fine」の

    文通相手募集のコーナーを利用したり、何かと行動していて、

    当時の田舎の高校では「変わり者」扱いされていましたね。

    勉強は苦手だったけど、「選択と集中」でなんとか大学へ進学

    学校の勉強はあいかわらず苦手。

    努力すれども、どうやって伸びない成績。

    理系に進みたくても絶望的に数学と物理ができなかった為、

    文系コースを選択。

    振り返るとこれが人生での初めての挫折でした。

    文系に進んでも記憶力が勝負の歴史に苦戦。

    国語や英語も伸びません。

    受験勉強を進める中、苦肉の策で歴史を勉強しないと判断。

    英語と国語だけで受験できる大学だけを受ける事で何とか

    Cランク程度の大学に合格する事ができました。

    ビジネスの世界でよく言われる「選択と集中」による一点突破で

    何とか全国区の知名度のある大学へ進学できたので、正直

    地頭の良さには自信がありません。

     

    〜大学時代〜

    憧れの大学生活!しかし・・・

    東京都内の私立大学になんとか進学できた私。

    栃木の田舎から憧れの東京で一人暮らし。

    ウェーイな東京でウェーイなライフを満喫するぜーと

    自由を満喫する一方「このままで良いのか」という

    漠然とした不安を感じるようになりました。

    そして、高校時代にあんなに夢中になっていたダンスが

    不思議ととてもつまらなく感じてしまったのもこの頃。

    ダンスではなく、他の事に打ち込みたいという想いがふつふつと

    沸きつつ、自分が何をすべきか解らないストレスに悩まされる

    大学1年生でした。

    HIV訴訟のボランティアに参加

    そんなストレスを感じながら夜更かしして見ていたテレビ番組の

    「朝まで生テレビ!」。

    論客が様々な社会問題について各々の立場で論戦を繰り広げる姿に

    妙なカッコよさと滑稽さを感じていたところ、番組の途中で

    大学生が当時訴訟になっていた「薬害エイズ」をボランティアで

    支援している学生がフォーカスされ、

    「同じ学生なのに彼らはなんて立派なんだろう。それに比べて自分は・・・・」

    と、衝撃を受けつつ「自分も仲間として参加したい・・・!」そんな思いを

    抱くようになりました。そしていくつかの偶然が重なり、HIV訴訟の

    ボランティアのメンバーになる事ができ、その活動にのめり込んで行きました。

    現代に例えていうならば、SEALsのような存在と言えます。

    当時のHIV訴訟を支援していた学生たちはSEALsとほぼ同じノリでした。

    活動の良し悪しは一旦置いておいてその当時知り合った同年代の仲間とは

    今でも交流があるので、自分の貴重な財産になっています。

    それから「普通」になりたかった大学生

    高校時代にはヒップホップにハマり、大学入学直後にHIV訴訟の支援に携わる。

    我ながら振れ幅の大きさを感じつつも、クセが強すぎるあまり面白がってくれるけど

    バランス感覚が悪いという自己認識がありました。

    そこでボランティアがひと段落してからは世間一般の価値観に自分を合わせる、

    ということを意識的に行いました。

    ファーストフード店でアルバイトをしたり、友人とカラオケを楽しんだり、

    恋愛したり、本を読んだり・・・当時、インターネットが普及しはじめた頃

    でもあり、いろんな情報を自ら手に入れて行動がしやすくなっていき、

    そんな普通な大学生ライフを楽しむ中で、世間の普通を自分の中で受け入れ

    バランスを保とうとしていた二十歳前後でした。

    三流私立大学の就職活動は厳しい。だったら国家資格だ!

    大学3年生になり、就職の事をそろそろ考えなくてはならない頃。

    将来どんな職業を目指すか、全くイメージが湧いてない中ではあるものの、

    まだまだ学歴社会の世の中。就職活動は苦戦するんだろうというのは予想できました。

    今のうちに、自分なりに対抗する術を身につけないと・・・と思いついたのが資格取得。

    どうせ資格を取るなら「国家資格」という響きのある方が良いだろうという事で

    国家資格の中ではもっとも取得しやすいと言われる「宅建」の資格取得を決意。

    大学生という自分の時間が膨大にある特権を最大限生かし、集中して猛勉強を開始。

    専門学校やスクールに行かなくても、この「らくらく宅建塾」というテキストの

    内容を覚えて過去問をこなせば、宅建は合格できます。

    このテキストは本当に良いテキストでした。

    就職活動開始!人材業界を志すもNG・・・

    そして大学4年生となり、就職活動開始。

    当時は就職氷河期であり、募集しているのはほとんど中小企業。

    職種としては営業・販売職かシステムエンジニア職のみ。

    自分の頭が理系ではない事を理解していたので自ずと

    営業職もしくは総合職と言われる職種で仕事を選ぶことに。

    そんな中で人事部の採用担当の方々と接していくうちに、

    「採用とか人事って面白そうな仕事だな・・・・」と

    思いはじめたのです。

    しかし、いきなり新卒で人事の採用の仕事なんて出来る

    イメージもわきません。だったら、

    「人に関わる=人材派遣」みたいな安易なイメージで

    当時の人材派遣の会社を中心にしつつ、滑り止めに不動産業界なども

    幅広く応募していました。

    しかし、第一志望としていた大手人材業界は最終面接でNGの連絡が。

    失意の中で第二志望群の中の某不動産会社に就職する事を決めました。

     

    ナカモリサトルの過去 社会人 東京編

    大学在学中に宅建の資格を取得した事を機に、
    不動産会社に新卒で入社。

    しかし人事部への配属となり、そこから人材業界での
    キャリアがスタートしました。

    社会人2年目で縁あって大手人材ベンチャーへ転職。
    ヌルい不動産会社からゲキアツのイケイケベンチャーとは
    知らずに転職し、翻弄されながらも必死で働いた20代でした。

    ものすごくしんどかったですが、一番思い出に残る
    働き方をしていたかもしれません。

    28歳で結婚。しかし非モテコミットしていた私は
    交際中から妻に対して物事を強く言えず、表面的な
    コミュニケーションしか取れていませんでした。

    一緒に生活を始めると顕
    著に出るわ出るわの価値観の違い。

    私の方が我慢できなくなり、私から離婚を切り出したのが31歳でした。

    当時は転職したばかりで仕事もうまく行かず八方塞がりでした

    大東建託人事部へ転職しちゃった!元キャリアアドバイザーが語る!

    2018年6月23日

    それ以降の30代はなかなか苦労が絶えませんでした。
    20代はただただサラリーマンとして盲目的に働いていたので、
    世間知らずのまま迎えてしまった30代。

    ざっと、以下のような事をやらかしてます。

    ・毎月10万円の慰謝料を1年間支払い。
    →120万円
    ・無茶な年金保険を組んで支払いに困って自爆
    →5万×4ヶ月で20万円をドブに捨てる
    ・リボ払いでネットワークビジネスに参加、失敗
    →27万円が金利ついて36万円をドブに捨てる

    ・転職を繰り返し、罰金制度のある会社へ入社。
    →ミス1回1万円とカウントされ、合計で30万円を支払う

    その他、女性との交際に入れ込んで奢りまくったり、何度か
    女性トラブルも色々とありました・・・

    そんな中、気付けば37歳。
    仕事もお金も女性関係も、全てがうまくいってない現実。

    その事実だけが残り、私は
    いつの間にか東京で働く意味を見失っていました。

    このまま東京を拠点に働いててもどん詰まりと
    判断した私は実家に戻る事を決意。

    18歳で実家を離れ、同じく18年間を過ごした私は
    故郷に錦を飾るなんて事はできずに、何も持たずに
    Uターンしたのです。

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    〜Uターン時代〜

    人材業界でしか経験のなかった私。
    東京だったら人材業界の仕事は色々ありますが、
    田舎になるとニーズはありません。

    せっかくだから新しい事をしようという事で
    実家の家業である農業を継ぎ、独立を試みました。

    実家は和牛の肥育と米作りを営む農家。
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    人工授精師の資格をとり、繁殖から肥育の一貫経営を目指す農家を
    志ましたが・・・・色々あり、それも断念。

    その後、自動車業界へ転職し、現在に至ります。

    決して順風満帆ではなく、不器用な人生を送ってきたと思いますが、
    結果的に楽しく元気に過ごし、人生100年時代といわれるこれからの
    人生の後半は更に輝く事で、同世代のメンバーにも諦めずに
    新しいことに挑戦する人が増えてほしいというメッセージを込めて
    ブログを描き続けたいと思います。

    てるみくらぶに騙された事もあり、それもブログで取り戻したい・・・!

    なぜブログ?なぜ副業?てるみくらぶで失った50万円を取りもどす為。

    2018年7月4日
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